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災害ボランティアコーディネーターの活動を中心に、日々の情景を切り取ってお知らせします。
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2008
04/15
Tue
03:36:07
バーニーがなんで、災害ボランティアコーディネーターの認定を受けたか、というと、おせっかい焼きで野次馬根性があって・・・というのもあるんですが、きっかけは、あの阪神大震災だったんです。

当時、家族の友人が神戸に住んでおり、震災から暫く連絡が取れない状態が続いていました。
当然家族は心配の毎日でした。そんな時、ボランティアを兼ねて神戸入りしてくれたのが、大阪に住むバーニーの親戚でした。
おかげで、家族の友人とも連絡が取れ、無事であることが判明しました。
そんな折、その親戚から「神戸を見にこないか」とのお誘いがあり、我ながら「不謹慎」と思いつつも、
神戸へと足を運びました。
バーニーの都合もあり、わずか30分ほどの神戸滞在でしたが、道路はめちゃくちゃ、建物はめちゃくちゃ。猛烈なショックと、興味本位で行ってしまった事に大変な罪悪感を感じました。
同時に「自分には、何もできないのか、何か役にたてないのか」という思いがこみあげ、その思いは
バーニーの中でずーっとくすぶっていました。

それから月日が経って、平成16年10月23日、新潟県で中越地震が起きました。
バーニーの住む地域にも、揺れが伝わってきました。翌日には、被害の酷さがマスコを通じて聞こえてきます。
もう、いてもたってもいられませんでした。
何の知識も経験もないまま、新潟県の社会福祉協議会へ連絡をとり、災害ボランティアとして現地入りしたい旨を伝えると「十日町市がボランティアセンターを立ち上げています。」との説明。
すぐに十日町市へ行き(といっても、車で半日くらいはかかりましたが)、ボランティアセンターを見つけると「ボランティアをやらせてください!」。

これがバーニーの裏の顔のはじまりでした。
これからの体験談は、また後日に。


-被災された方々に、バーニーは決して冗談などで書いているわけではありませんが、万が一、不快な思いなどをされましたら、心よりお詫び申し上げます。-
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2008
04/11
Fri
20:37:05
Category【 新潟県中越地震 】
さて、ここからは、バーニーの体験談。

新潟県社会福祉協議会の紹介で向かった十日町市ボランティアセンターへ着いてみると、中には4名ほどのスタッフと、長テーブルが数本だけ。
唖然としながら聞いてみると「今日立ち上げたばかりだから、とりあえず登録だけして、明日また来てください。」との事。
バーニーが現地入りしたのが地震の翌々日だから、センターも整ってなかったのだ。
で、近くの高校のグラウンドへ車を入れ、被災者の邪魔にならないよう、隅っこのほうへ駐車して、
車内で宿泊。

Cutout 1_convert_20080422213910

 当日は雨。地面がどろどろの中、車を止めて、車中泊でした。
 中には、軽トラックの荷台を簡易台所にして夕食を作る被災者も。


翌朝、再びセンターへ。登録は昨日のうちに済ませてあるので、朝からちょい仕事を少々。
で、午後になって、「総務やってください」とのスタッフからのお達し。
「え、総務・・・。」実はバーニーは総務マン。会社でも総務部に所属していたのだ。
まさか、被災地の、それも、ボランティアセンターで総務とは・・・。
因縁めいたものを感じた瞬間でした。

RIMG0005_convert_20080422214007.jpg

  十日町市ボランティアセンターです

とはいえ、総務は慣れたもの。必要な情報を収集しては、周知の貼り紙をつくるわ、業務に必要な書類を作るわ、スタッフの名刺や名札を印刷するわ、ネットワークを構築するわ、普段と何ら変わることのない作業にもかかわらず、思わず「オイラのようなボランティア素人にもできることってあるんだわ!!」と嬉しくなったのであります。
余談ですが、当時バーニーが作成した書類の様式は、その後多くの方の手により改良され、当時よりはるかに良いものへと変身を遂げ、さまざまな被災地で活躍しているようです。

災害ボランティアセンターの中心となっているのは、地元の社会福祉協議会の方。毎晩10時過ぎまで残った仕事の片づけやら、翌日の用意やらに追われていました。
そんな中、スタッフの1人が「どうせ家に帰っても、壁は亀裂が入っていて怖いし、家具も倒れていて、とても生活できる状態じゃないんだよねぇ。」という話をしてくれたのです。
その人は、普段とても明るく振舞っていて、とても、そんな思いを抱いているようには見えなかったのですが、その時に初めて、被災した人たちの本当の姿を見たような気がしました。
被災者であるスタッフが、それでも懸命に頑張っている姿に返す言葉がありませんでした。その背中が「1日も早く復興するんだ!」と物語っていました。





(続く)
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