災害ボランティアコーディネーターの活動を中心に、日々の情景を切り取ってお知らせします。
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Category【 オムニバス 】
昨日、会員になっている、飯田災害ボランティアコーディネーター連絡協議会から、年次総会の案内がきました。
この会は、毎月定期的に例会を行っているのですが、サラリーマンのバーニーは、総会以外はなかなか出席できずにいます。ちょいワル会員かな?それとも、幽霊会員か(死語か?) で、今年の案内には、ボランティア活動保険の加入希望を書く欄がありました。 実は、昨年まではなくて、今回初めて追加されました。 ボランティア経験者は知っていると思いますが、ボランティア活動保険というものがあって、ボランティアをする際には、たいてい加入します。 この、ボランティア活動保険とは、ボランティア活動中の様々な事故による活動者の障害や賠償責任などについて補償する保険で、加入できる人は、社会福祉協議会及びその構成員・会員ならびに社会福祉協議会が運営するボランティア・市民活動センターなどに登録されているボランティア・ボランティアグループ・団体 となっています。 つまり、災害ボランティアのように、社会福祉協議会が主催するボランティア活動に参加するような時は、加入ができると言う訳です。 で、バーニーはというと、社会福祉協議会に登録している会の会員なので、やっぱり加入できることになります。 実は、昨年柏崎市のボランティアへ行った際に加入したのですが、確か1年単位の保険のはずなので、今年は改めて加入しないとならないのです。 といっても、掛金は決して多額kではなく、一般的な基本タイプで260円〜590円、天災タイプで460円〜1,130円(補償の内容によって掛金が異なります)くらいです。 研修会に参加すると、毎回決まって「ボランティア活動保険って何ですか?」という質問が出ます。 これから研修等に参加してみようと思う方は、ぜひご一読を。 ちなみに、上記の説明は、 ボランティア活動保険 のHPに詳細が載っています。興味のある方はぜひご覧ください。 研修会の模様や、総会の内容などは、後日改めて。 |
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Category【 災害ボランティア ことはじめ 】
あなたの身に、突然大災害が降りかかってきたと想像してみてください。
被災直後はマスコミも連日被害状況を報道し、各地から多くの災害ボランティアがやってきて、いろんな手助けをしてくれます。 ところが、日が経つにつれ、だんだんと災害ボランティアの数が減り、遂にはボランティアセンターも閉鎖に・・・。 まだ、完全復興には程遠い状態で、残されたのは地元の人だけ。 これを「ひっど〜い」と思わないでくださいね。 実は、災害ボランティアが忘れてはいけない事に「被災者の自立を促し、そのための手助けをする」というのがあるのです。 どんなに大規模な災害であろうと、最後まで復興を行えるのは、実は被災者自身しかいないのです。そのために、1日も早く自立し、被災者同士の助け合いで復興を遂げられる様、援助するのが、災害ボランティアのもう1つの面なのです。 だからといって、最後まで手助けしちゃいけない、訳ではなく、電話が復旧すれば、離れていても知り合った被災者を励ますことが出来ますし、道路や鉄道などのインフラが機能をはじめれば、必要な物資を送ってあげることもできるし、時々会いに行くこともできます。 この話は、災害ボランティア関係者の間でも比較的最近になって言われるようになった気がします。 中越地震の頃はそうでもなかったような気がしますが、昨年の中越沖地震では、被災者の自立に関して、より明確化したのを実感しました。 災害ボランティアというのは、被災者が1日も早く安定した生活をおくれるようにするために援助をする事と、被災者が1日も早く自立して復興するための援助をする事、という2面性を持っています。 実際に活動を行う上では、この2つの面のさじ加減がなかなか難しく、個々のボランティアでは判断しにくい訳です。 その判断をし、社会福祉協議会(以後「社協」とします)の職員などと一緒に方向性を考え、示すのが災害ボランティアコーディネーターであると、バーニーは考えています。これがボランティアと社協との橋渡しであると思っています。 実は、バーニー自身、ここまでの経験はないため、今回は、講習等で聞いた事の受け売りになってしまいました。 おしまい。 |
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Category【 災害ボランティア ことはじめ 】
バーニーがなんで、災害ボランティアコーディネーターの認定を受けたか、というと、おせっかい焼きで野次馬根性があって・・・というのもあるんですが、きっかけは、あの阪神大震災だったんです。
当時、家族の友人が神戸に住んでおり、震災から暫く連絡が取れない状態が続いていました。 当然家族は心配の毎日でした。そんな時、ボランティアを兼ねて神戸入りしてくれたのが、大阪に住むバーニーの親戚でした。 おかげで、家族の友人とも連絡が取れ、無事であることが判明しました。 そんな折、その親戚から「神戸を見にこないか」とのお誘いがあり、我ながら「不謹慎」と思いつつも、 神戸へと足を運びました。 バーニーの都合もあり、わずか30分ほどの神戸滞在でしたが、道路はめちゃくちゃ、建物はめちゃくちゃ。猛烈なショックと、興味本位で行ってしまった事に大変な罪悪感を感じました。 同時に「自分には、何もできないのか、何か役にたてないのか」という思いがこみあげ、その思いは バーニーの中でずーっとくすぶっていました。 それから月日が経って、平成16年10月23日、新潟県で中越地震が起きました。 バーニーの住む地域にも、揺れが伝わってきました。翌日には、被害の酷さがマスコを通じて聞こえてきます。 もう、いてもたってもいられませんでした。 何の知識も経験もないまま、新潟県の社会福祉協議会へ連絡をとり、災害ボランティアとして現地入りしたい旨を伝えると「十日町市がボランティアセンターを立ち上げています。」との説明。 すぐに十日町市へ行き(といっても、車で半日くらいはかかりましたが)、ボランティアセンターを見つけると「ボランティアをやらせてください!」。 これがバーニーの裏の顔のはじまりでした。 これからの体験談は、また後日に。 −被災された方々に、バーニーは決して冗談などで書いているわけではありませんが、万が一、不快な思いなどをされましたら、心よりお詫び申し上げます。− |
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Category【 新潟県中越地震 】
前回の続です。
車内宿泊をはじめて4日ほど経ったある夜の事。 明け方に、突然の右足膝部の激痛で目があきました。 直感的に「ヤバイッ」と思い、右足が上になるように、体を横にして再び睡眠開始。 それからきっかり1時間後、今度は左側の膝に激痛が。 その時になって、「もしかして、これがエコノミークラス症候群ってやつですか?」と思い至り、 車内を慌てて物色。ちょうど使っていない毛布があったので、これを足の下に引いてなるべく足がまっすぐになるように工夫。その後、車外で少々運動し、やっと朝まで眠ることができました。 ここで地元の方に迷惑をかけたら「ミイラ取りがミイラになっちゃった」状態に。 これほど情けない事はないと、翌日からは、精一杯体を伸ばせるように工夫して寝たのは言うまでもありません。やっぱり、自分の健康管理は自分でやらなきゃ、ね。 (後日、バーニーはこのことをすっかり忘れ、えらい目に遭ったのだ・・・その事は改めて。) ともあれ、バーニーは災害直後から1週間ほど十日町市に滞在し、災害ボランティアを経験したのでした。 この経験の2年後、バーニーは晴れて、災害ボランティアコーディネーターの認定を受けたのでした。 −最後に− 十日町市の社会福祉協議会のみなさん、十日町市のみなさん、お世話になりました。 まだまだ、当時の傷跡を残していらっしゃる方も見えると思います。 1日も早くお元気になられますよう、心よりお祈り申し上げます。 |
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